夢が叶うか 叶わないかで 人生の価値は 決まらない

冬季五輪で日本人初のフィギアスケートペア金メダルを獲得した「りくりゅう」の愛称で親しまれた三浦璃来さんと木原龍一さんが引退を発表しました。五輪のような勝敗を争う競技を見ていていつも感じることは、結果に明暗が分かれることと勝者による「頑張れば報われる」という成功体験を美談として語る風潮への違和感です。

そんな時いつも思い出す言葉が、上野千鶴子氏が東京大学の学部入学式で語った

  あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。・・・(中略)・・・あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、

  これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。

との祝辞です。本当に大切なものは結果ではありません。夢は叶わなかったけれど、家族の理解や励まし、周りの協力や支えがあった「おかげ」で、この怠け者の自分が頑張ることができたという視点に眼を向けると、見落としがちになっていた大切なものに気づかされます。

ある哲学者は「成功と幸福とを、不成功と不幸とを同一視するようになって以来、人間は真の幸福が何であるかを理解し得なくなった」と語っています。成功までの過程は、目的のための単なる手段ではなく、過程の中にこそ、喜びや幸せであふれていたことに気づくことこそ大切なのです。夢や目標に向かって努力することは尊いことですが、その夢や目標に至る過程をどう意味づけするかが、実はより大切になってきます。もし今日の努力(過程)が夢や目標の達成のための手段であるとしか考えられなければ、夢や目標が叶わなければ今日の努力の意味が見い出せなくなります。今日を手段としないで、今日を結果として、噛みしめ、喜び、感謝する歩みとする。そこに「夢が叶うか 叶わないかで人生の価値は決まらない」をうなずく世界が開かれてくるのです。