これからが これまでを 決める 

心理学者エーリッヒ・フロムが、「人生において〔もつこと〕 と〔なること〕は何れも欠かすことは出来ないが、そのどちらにウェートをおくべきか」という興味深い問いかけをしています。〔もつこと〕とは、地位や財産や名誉等、その所有を求め、健康にこだわる生き方であり、〔なること〕とは、自身を少しでもより良い人間に心を育てて、心豊かに生きることを目指す生き方といえます。そして、現代は〔もつこと〕ばかりが要求されて、〔なること〕が軽視されつつあるのではないかと警鐘をならしております。まさに〔もつこと〕ばかりを優先する風潮が、悲惨な事件や政治家の汚職等が起こる原因の根底にあるようです。

商売繁盛とか病気平癒とか、〔もつこと〕に重点をおく宗教もありますが、本物の宗教とは、〔なること〕を目指すものです。仏教は心を育て、少しでもより良い人間になってゆくことを教えます。「育つ」という言葉には、「巣立つ」と「添え立」というふたつの語源があり、「巣立つ」とは、鳥が巣から飛び立つとか、卒業時に学窓を巣立つという言い方をし、身体を育てるという意味にあてはまります。「添え立つ」というのは、花や野菜を作るときの、何か杖になる支柱を添えて育てることを意味し、子どもにとっての、親や学校の先生のように添え立つ杖として、かたわらにいてくださる存在により心を育ててゆくことを表しています。私自身を振り返ってみると、年ばかり取ったと恥ずかしく思うと同時に、拙い歩みではありながらも、皆さまにお育ていただいた聞思の人生であることを大変喜んでいます。これからも添え立つ杖を大切に心を育てて、いかなる人生の困難も、よく乗り越えてゆける確かな心の眼を開いてゆきたいものです。

先哲の言葉に「やり直しのきかぬ人生であるが、見直すことはできる」というものがあります。どれほど理不尽なことも、どれほど悔やまれても、その事実を変えることは叶いません。だからこそ、ここに生きていることへの目覚めを通して「これから」が「これまで」を決めるという視点を大切にしたいと思います。心を育ててゆくならば、人生はいつからでも、見直しもやり直しもできるのですから。