あなたがすることのほとんどは無意味であるが
それでもしなくてはならない
それをするのは世界を変えるためではなく世界によって自分が変えられないようにするためである 


昨年は昨年はアジア太平洋戦争終戦80年・被爆80年という節目の年でした。それは平和に対する自身の姿勢を改めて確かめる機縁でもありました。しかし、いのちの尊厳が踏みにじられる痛ましい現状が未だ多く散見されます。それは誰もが自分を是とする前提に立脚して、幸せを願い、無謀な破壊と殺りくを行っているからでしょう。 

宮沢賢治は「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という言葉を遺しています。仏教は自分をとりまく世界や未来の子どもたちの幸福のために関心をもち、如何に貢献するかを問い続けることを大切にしてきました。幸福実現の根幹は平和です。それはどちらが正しいか否かという判断とは異質の視点に立つことです。お経には「ときおり清らかな風がゆるやかに吹いてくると、宝樹はいろいろな音を出して、その音色はみごとに調和している」と浄土の様相が語られます。ここには相手の存在を認め合い、自分の音(立場)も相手の音(立場)も、ぶつかり合うことなく響き合ってゆく世界があります。この視点、即ち浄土を鏡として現実を生きてゆく歩みこそ重要です。人間の自我の分別は必ず対立を生みます。だから常に自分が正しいという自我の分別を問い返し続けること、つまり善悪のふたつを正面に立てて分かったつもりになってしまう自我存在を丸々見つめ直すことが重要になってきます。

私たちが追求してきた利便性や快適さを前提とした平和は必ず破綻します。仏教は生老病死を初めとした根源的な苦悩と向き合い、それを受け止めて前向きに生きてゆくことを教えます。「仏法が広まるならば、国が豊かになり、民は安心でき、兵隊や武器は無用である」との教言を深く受け止め、「自分たちの豊かさ」を優先して「子どもたちの未来」に負の遺産を残すことを一刻も早くやめる決断をしなければ、自己と背反する人のいのちを軽視し、抹殺(戦争)してしまう可能性は否定できません。

マハトマ・ガンディーの「あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。それをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである」という言葉を心に刻んで歩みを進める一年としたいものです。